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SPECIAL目指す場所は同じ。音で人の心を打つ。

目指す場所は同じ。音で人の心を打つ。vol.03

目指す場所は同じ。音で人の心を打つ。

ディスコ全盛期に培ったプロユースサウンドの真髄は、やがてフィットネス音響へと活かされることに。かつて「音の魔術師」としてディスコシーンでその名を馳せた創業者町野眞人の確固たるイズム。そのイズムを次世代へと継承する担い手サイバーテック吉田氏と現社長を交え、3者に通底する音づくりへの熱き想いを聞いた。

  • 吉田 豊

    吉田 豊Yoshida Yutakaサイバーテック代表

  • 町野 眞人

    町野 眞人Machino MasatoSSR会長

  • 町野 眞貴

    町野 眞貴Machino MasatakaSSR代表取締役社長

SSRとサイバーテックの対談風景

ディスコ全盛期に培ったプロユースサウンドの真髄は、やがてフィットネス音響へ

――SSRとサイバーテックの2社が協業をスタートさせた経緯を聞かせてください。

会長:吉田氏との出会いは、わたしどもがまだ旧社名の「音響システム研究所」だった1980年代後半まで遡ります。ちょうど世の中はディスコブームの最盛期。空前のディスコ特需を迎えていた当時、音響機器メーカーのTOAさんがお持ちだった国内各所に広がるネットワークを活用させていただくことで音響機材の提供から現場での施工を全国的に展開していた時期でした。
そのような折、札幌での仕事で当時TOAさんのイチ営業マンとしてお会いしたのが吉田氏でした。話の冒頭で脱線して恐縮ですが、吉田氏と夜の街に繰り出すのが楽しくて楽しくて。結論から言えば、夜の店で垣間見た彼の人柄や本領に、もっと言えば人を楽しませる感性に惹かれたのがそもそものきっかけと言えます。互いにアミューズメントの世界に身を置くもの同士。主客をたやすく飛び越え、その場にいる人を楽しませる、あるいは満足させる彼の姿はとても印象的でした。

吉田:会長とはじめてお会いしてから、しばらく時間が流れ、次に大きな転機を迎えたのは2001年。その間、わたし自身、札幌での営業職から東京の配属となり、エンドユーザに近い場所で、いかに自社製品をセールスしていくかの戦略を組み立てるプロモーション業務に従事していました。その頃には、往年のディスコフィーバーは陰りを見せ、プロユースの音響システムや機器への需要は底打ちしていたんです。長く国産オーディオメーカーの雄として数々の名機の供給やディスコシーンを牽引してきた我が社でも、部門閉鎖の気配が強まるなかで、果たして自分はこのままでいいものかと自問を繰り返していた時期でもありました。

社長:ディスコカルチャーの盛り上がりの過程で、TOA製の『Z-DRIBE』など、当時のディスコ業界を席巻したステータスプロダクトをはじめ、それまでシーンを独占していた海外メーカーから着々とシェアを奪い、グローバルスタンダードに近づくまでの大きな存在感を見せていた国産メーカーのせっかくのノウハウ、そこに注がれきた時間と技術を無駄にしたくないというのが会長と吉田氏に共通する想いだったようです。そこで吉田氏の独立にあわせ、我が社ではメーカーから不要となった製品を買い取り、融資という形で吉田氏に委譲し、「サイバーテック」が産声をあげることになりました。

SSRとサイバーテックの対談風景

――ディスコカルチャーの衰退とサイバーテック起業。その後はどのような関係を?

社長:バブル崩壊の駄目押しがあり、ディスコサウンドへの設備投資やプロユースの音響設計が求められる興行イベントへの需要は霧散しました。そこからでしょうか、現在の我々のひとつのセールスポイントとなっているスポーツクラブ業界への転換に活路を見出したのは。最盛期のディスコ音響と比較すると、仕事のスケールは小さくなりますが、なによりも我々がそれまでに積み上げてきたディスコサウンドでの蓄積が、非常に近いスタンスで音響デザインに活かせることは大きかったようです。

会長:スポーツクラブでの音響システムづくりが軌道に乗ってきた時期はちょうど、我々が扱うデータがアナログからデジタルへと変わっていく過渡期でもあり、自身の加齢による聴覚の衰えも手伝い、経営者として後進の育成と引き継ぎを考えるべきタイミングでもありました。わたしが「音」づくりの上で最も重視しているのは感性です。そこで周囲を見渡した時に自分と同じ感性を持つサイバーテックの吉田氏に若い人間の育成と、主にフィットネスサウンドの現場での音の調整、つまり引き渡し前の最終工程を託すという新しい関係が、10年ほど前から現在まで続いています。

吉田:わたしもサイバーテックを興したものの、難しい時代背景もあり苦労をしていた時期でした。そんな折、会長にあらためてお声がけをいただき、これまで会長が続けてこられたことを引き継ぎながら、SSRの財産として若いスタッフのナレッジを豊かにしていくお手伝いを現在はさせていただいています。突き詰めるとディスコであれ、フィットネスであれ、良い音をつくるために必要な工程は同じなんです。良い音の創出には音響プラン(=デザイニング)、音響施工、そして音響調整(=チューニング)の全てにおいて高い水準が求められます。逆に言うと、完璧な音響デザインと施工がなければ、どのような音響調整を施しても良いパフォーマンスは得られないんです。

社長:まさにそこが我々の強みだとわたしは思っています。SSRでの完璧なプランと施工に吉田氏のチューニングがあるからこそ、お客さまの求めるもの以上の感動的な音をご提供できると信じています。手前味噌にはなりますが、全工程を完了しお客さまに引き渡しをする際、わたしたちの現場では往々にして「わぁ、すごい! 想像以上だ!」という大変ありがたいお言葉や反応を頂戴します。これは、ひとえに音響デザインと音響施工、そして音響調整それぞれで高い水準を満たした結果の賜物だと考えています。

SSRとサイバーテックの対談風景

――良い音とは? 音づくりのプロフェッショナルとは?

会長:音を演出していくときに、データとか、技術的なレベルや水準だけにとらわれると、良い音はつくれません。数字だけを追うようなアプローチに終始すると良い音を勘違いしてしまうんです。わたしがしきりに音づくりには感性というのはこういった部分とクロスオーバーしています。当然ながら我々が提供する音には、それをお求めになる方々がいらっしゃいます。良い音を提供することというのは、その求めに対し、またはそれを希求する方々にいかに喜ばれ、役立つことへの意識にかかってくると思うんです。となるとその意識を高く保つには、人生経験や倫理観、あるいは人間性のすべてを含む優れた感性に帰結します。幸い、この感性は老いてもなお磨くことができる音づくりに欠かせない資質で、吉田氏の感性をわたしが頼もしく思うことで結びついているSSRとサイバーテックとのつながりは、会社と会社を越え、人と人。もっと言えば心と心の結びつきです。

吉田:ありがたいお言葉、恐縮です(笑)。わたしの場合、音づくりに際してやり続けていることはただひとつ。与えられた環境に自分なりのエッセンスを与えることで音にエモーショナルな部分を加えることを常に目指しています。良い音、悪い音には必ず共通点があり、そこは現場に出続け、ひたすらに客観性を磨くことである程度身に付いてくるものなのですが、このエッセンスの部分、会長の言葉をお借りすると感性の部分は、日々の自己研鑽の積み上げで体得していくものと考えています。

社長:我々はそれぞれに音への強いこだわりを持つ人間で構成されている組織なので、おのおのが自分の作品に満足したいという良い意味での「欲」を持っています。お客さまのご要望やお好みを丁寧にヒアリングしながら、プロフェッショナルとしてのアドバイスやこだわりを注ぎ、ともに最良の音響空間を創出していくことを常に目標に置く。人の心を打つ音づくりを我々はこれからも愚直に目指して参ります。